なぜブヨは、広大な自然の中でピンポイントに私たち人間を見つけ出し、執拗に追いかけてくるのでしょうか?その秘密は、ブヨが持つ驚くほど高度なセンシング能力と、それによって構築される誘引メカニズムにあります。ブヨがターゲットを探す上で重要なセンサーの一つが「熱センサー」です。彼らは周囲の温度変化に敏感で、恒温動物が発する体温を感知することができます。体温が高いほど、その熱源はより強く感知されるため、平熱が高い人や運動後の人は、遠くにいてもブヨにとって見つけやすい存在となります。次に重要なのが「化学センサー」です。これは、特定の化学物質を感知する能力で、主に二つの役割を果たします。一つは、遠距離からのターゲット発見に役立つ二酸化炭素(CO2)の感知です。動物の呼吸によって排出されるCO2の濃度勾配をたどることで、ブヨはターゲットが存在する方向へと効率的に飛行します。もう一つは、より近距離での誘引に関わる体臭成分の感知です。汗に含まれる乳酸、アミノ酸、アンモニアといった揮発性の有機化合物や、皮膚の常在菌が作り出す特有の匂い物質などを感知し、ターゲットへと正確に接近していきます。人によって汗の成分や皮膚常在菌叢が異なるため、これが刺されやすさの個人差を生む一因と考えられています。さらに、ブヨは「視覚センサー」も利用しています。彼らは動く物体を認識する能力があり、また、特定の色、特に黒や紺などの暗い色を好む傾向があります。そのため、暗い色の服を着ている人や、動き回っている人は、視覚的にもブヨを引きつけやすくなります。これらのセンサー情報は、段階的に利用されます。まず遠くにいるターゲットをCO2で大まかに捉え、近づくにつれて体臭成分でより正確な方向を定め、最終的には体温と視覚情報を頼りにターゲット表面に着地し、皮膚を噛み切って吸血に至る、というプロセスを経るのです。このように、ブヨは複数のセンサー情報を統合し、極めて巧妙に吸血ターゲットを探し出しています。このメカニズムを理解することは、効果的な対策を考える上で非常に重要です。例えば、体温の上昇を抑える工夫、汗をこまめに拭き取ること、明るい色の服を選ぶこと、そして化学センサーを撹乱する虫除け剤(ディートやイカリジンなど)を使用することなどが、なぜ有効なのかが科学的に説明できるのです。
体温や汗が鍵?ブヨを引き寄せるメカニズム