アリのコロニーは、女王アリを中心とした高度な社会システムによって維持されている。女王アリは産卵を通じてコロニーの構成員を供給し、フェロモンによって巣全体の秩序を統制する。この中心的存在である女王アリが何らかの理由で死亡、あるいは除去された場合、残されたコロニーはどのような運命を辿るのだろうか。本稿では、女王アリ不在となったアリの巣で観察される現象と、その後の変化について、架空の観察事例を基に考察する。対象としたのは、実験室内で飼育されていたクロヤマアリ(Formica japonica)の比較的小規模なコロニーである。このコロニーから人為的に女王アリを除去し、その後の働きアリの行動と巣の状態を継続的に観察した。女王アリ除去直後、働きアリたちの行動には顕著な混乱は見られなかった。餌の探索や運搬、巣の清掃といった日常的な活動は継続されていた。しかし、数日が経過すると、いくつかの変化が現れ始めた。第一に、育児行動の質の低下である。女王アリが産んだ卵や幼虫はまだ巣内に存在していたが、働きアリによる世話の頻度が減少し、一部の幼虫は成長が滞る、あるいは死亡する個体が見られた。これは、女王アリ由来のフェロモンによる刺激がなくなったこと、あるいは将来的なコロニー維持へのインセンティブが失われたことによる影響の可能性がある。第二に、一部の働きアリによる散発的な産卵行動が観察された。クロヤマアリの働きアリは通常、女王アリが存在する状況下では繁殖能力が抑制されているが、女王不在の状況下でその抑制が解除され、未受精卵(オスアリになる)を産むことがある。観察された産卵もこれに該当すると考えられる。しかし、これらの卵が適切に世話され、成虫まで発育するケースは稀であった。第三に、巣全体の活動レベルの緩やかな低下である。新たな働きアリが補充されないため、死亡や事故による個体数の自然減により、コロニー全体の労働力は徐々に減少していった。餌の探索範囲は狭まり、巣の拡張や修繕活動も見られなくなった。観察開始から数ヶ月後、コロニーの個体数は当初の半分以下に減少し、巣の維持能力は著しく低下した。残った働きアリの多くは老化し、活動も鈍くなっていた。最終的に、観察開始から約半年後、コロニーは完全に消滅した。この事例は、多くの一女王性アリコロニーにおいて、女王アリがいかに不可欠な存在であるかを明確に示している。
女王アリ不在のアリの巣はどうなる