春の訪れとともに、我が家の軒下に小さな訪問者が現れた。それは、冬眠から目覚めたアシナガバチの女王蜂だった。最初は時折見かける程度だったが、ある日、彼女が小さな巣を作り始めていることに気づいた。それはまだ直径2センチにも満たない、灰色の小さな塊。六角形の穴が数個見えるだけのごく初期の巣だ。時計を見ると、巣作りを開始してからまだ数日といったところだろう。女王蜂は一匹で、実に健気に巣作りを進めている。どこからか集めてきたのだろう、植物の繊維のようなものを唾液と混ぜ合わせ、丁寧に巣材を塗り付けていく。時折、餌を探しに巣を離れるが、しばらくすると必ず戻ってきて、巣の手入れや拡張作業を再開する。その姿を見ていると、生命の力強さと母性を感じずにはいられない。数日が経ち、巣の穴(育房)の数は少しずつ増えてきた。女王蜂はその中に卵を産み付けているようだ。まだ働き蜂はいない。全ての作業を女王蜂が一匹でこなしている。この単独での巣作り期間が、一体何日続くのだろうか。資料によると、最初の働き蜂が羽化するまでには、産卵からおよそ一ヶ月ほどかかるらしい。つまり、少なくとも最初の数週間は、女王蜂の孤独な奮闘が続くわけだ。この期間は、巣の成長も比較的緩やかだ。しかし、一度働き蜂が羽化し始めると、状況は一変するという。働き蜂たちは、巣作り、餌集め、育児、防衛といった役割を分担し、巣は急速に拡大していく。今、目の前にある小さな巣が、数週間後、数ヶ月後にはどれほどの大きさになっているのだろうか。そう考えると、少し恐ろしくもある。この初期段階、女王蜂一匹だけの数日のうちに駆除すべきか、それとも自然の営みとして見守るべきか。悩ましい問題だ。益虫としての側面もあるアシナガバチだが、生活空間のすぐ近くに巣があるのはやはり不安が伴う。いずれにせよ、この小さな巣の変化を注意深く観察し続ける必要があるだろう。女王蜂の孤独な巣作り期間は、我々人間にとっては、巣の存在に気づき、対処を考えるための貴重な猶予期間なのかもしれない。