一人暮らしを始めて半年が過ぎた頃、彼女、美咲はキッチンで小さな悲劇に見舞われた。いつものように夕飯の準備をしようと、プラスチック製の米びつを開けた瞬間、数匹の小さな黒い虫が目に入ったのだ。コクゾウムシだった。美咲は虫が大の苦手だった。悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえ、そっと蓋を閉めた。どうしよう。頭が真っ白になった。インターネットで検索すると、虫がわいたお米の対処法がいくつか出てきた。天日干しにする、冷凍庫に入れる、虫だけ取り除いて食べる…。しかし、どの方法も美咲には抵抗があった。米粒の中に卵が産み付けられている可能性があるという情報を見てからは、なおさらだった。捨てるしかないのか。でも、お米を捨てることには強い罪悪感を感じる。農家の人が丹精込めて作ったお米だ。食べ物を粗末にしてはいけないと、子供の頃から教えられてきた。美咲は途方に暮れた。友人や家族に相談することも考えたが、虫の話をするのも気が引けた。数日間、米びつを開けることができずに悩んだ末、美咲はある決断をした。それは、「食べる」でも「捨てる」でもなく、「自然に還す」という選択だった。幸い、アパートの近くには小さな公園があった。美咲は米びつごと公園に運び、木陰の土の上にそっとお米を広げた。「ごめんなさい。でも、鳥さんや他の虫さんたちの食べ物になってね」。そう心の中で呟きながら。数日後、公園のその場所を通ると、お米はすっかりなくなっていた。鳥や、あるいは他の虫たちが食べてくれたのだろう。美咲の心には、少しだけ安堵感が広がった。この経験を通して、美咲はお米の保存方法を根本から見直した。密閉性の高い容器を購入し、冷蔵庫の野菜室で保管するようにした。そして、食べ物を大切にすることの意味を、改めて考えさせられたのだった。小さな虫との遭遇は、彼女にとって、食と命について深く考えるきっかけとなったのだ。